今日は、2週間ぶりに完全休養して、疲れを癒しました。それでは今日は、書き溜めておいた「入団への道」の続きを投稿します。
前回は、チームメイトの信頼を取り戻す為に、体調がすぐれない中必死に投げ抜き、2度目の完封勝利を収めたところまでお伝えしました。
苦しい中でも結果を残すことができたこと、些細な口喧嘩が原因で失いそうになったチームメイトとの信頼関係が無事に修復できたことで、精神的に上向きました。それに伴って、体調も回復。8月に入ってからは、相変わらずの暑さの中でも以前のように明るく元気良くグランドに立てるようになりました。
しかし、一難去ってまた一難。私は、左の脇腹を痛めてしまいました。痛みを覚えた翌日の試合は、相手チームの力不足もあり、15個の三振を奪い、86球という少ない球数でドミニカに来て3度目の完封勝利を飾り、さらに、中6日で登板した次の試合は7回無失点でドミニカに来て10勝目を挙げましたが、その後、痛みは悪化。ついに、しばらくの間、ノースローを強いられる事態となってしまいました。
「大事な時期なのに何故こんなことに・・。」
さらに、運が悪いことに、私の日本への帰国の日程が当初よりも1ヶ月程早まり、9月17日にドミニカを出国することに決まってしまいました。どうやら早めに帰国させて、ファームの秋季練習に合流し私の力を見極めることになったようです。私は焦りました。
「もう1ヶ月も残っていない。帰国した時に、投げられませんなんて言える訳がない。」
とにかく治して投げられるようにするしかありません。毎日、祈るような気持ちで過ごしました。少し痛みが引いてからは、ランニングやウエイトトレーニングなどをできる範囲で黙々とこなしました。そんな、私の姿を見て上之さんは、
「浩司、焦っちゃ駄目だ。まずは、治すことが最優先だぞ。」
と繰り返し言い、平山さんは、
「大丈夫。大丈夫。あんなに頑張って来たじゃないか。きっといいことがある。大丈夫。」
と、励ましてくれました。一方、田中さんは、
「そんな怪我はたいしたことない。唾つけときゃ治るよ。」
と意に介さず、軽めの練習しかできない為、時間を持て余している私をつかまえて、野球に関する様々な話をしてくれました。その内容は、捕手出身ならではの配球論から、練習方法に至るまで多岐にわたりましたが、1番印象に残っているのは、
「投球フォームに個性があるのは当たり前。結局のところは、自分の投げやすい投げ方で勝負するのがいちばんいい。それに、観ているほうも、みんなが教科書通りのフォームで投げていたらつまらんじゃろ。」
という言葉でした。この言葉は今でも私の心の中にあり、迷った時にひとつの支えとなっています。
三者三様の励ましを受けながら、私は怪我の回復に努めましたが、志願して登板した9月1日の練習試合が原因で軽い肩痛まで併発してしまい、再びノースローの日々を送ることになってしまいました。試合での登板に最後まで反対した上之さんに顔向けができず、迫り来る帰国の日のことを考えると、強い絶望感に襲われました。もう本当に休むしかありません。ちょうどこの時期に、わざわざ日本から応援に来てくれた、大学時代の野球部の同級生に元気なところを見せられなかったことも私の気持ちを更に暗いものにしました。
練習メニューは限定され、鬱憤は溜まりましたが、それを少し発散させてくれたのが水泳でした。ある日、泳いでも痛みが出ないことに気付き、2時間ぶっ続けで泳ぎ続けました。冷たい水がほてった患部を冷却し、癒してくれているような感じがして気持ちが落ち着きました。
上之さんも、私を気遣って車で観光に連れ出してくれたり、家に招いて奥さんが作った日本料理を食べさせてくれたりしました。本当に有り難かったです。
上之さんをはじめ、周りの人達の支えのおかげで、私の体は徐々に回復していきました。効果を実感して以来、毎日続けた水泳も、怪我の回復と体力の維持に一役買いました。
そして、最後の登板から8日目の9月9日。私は軽いキャッチボールを再開しました。痛みはほとんどなく、慎重に段階を踏んでいけば、帰国後の秋季練習時には投げられるようになるような気がしてきました。
迎えた9月11日。この日は、日本に練習生として派遣されるドミニカ人選手が発表される日です。ドミニカ人選手がカープとの正式契約にこぎつける為には、まずは、このメンバーに選ばれて秋季練習とキャンプで力を認めてもらう必要があります。また、この日が終わるとアカデミーはしばらくの間休暇に入るので、日程上、私がアカデミーのみんなと練習をするのは最後となります。
朝から私は、極力たくさんの選手に話しかけて会話を楽しみました。特に、ドミニカに来て以来、キャッチボールやランニングなどのメニューを共にし、一番仲良くしてくれた、アバ投手とは、いつも以上にいろいろな会話をしました。アバはとても性格が良く、異国の地で野球をする私を気遣って、常に明るい笑顔で接してくれました。グランド上では日本人は私一人であり、特に最初の頃、言葉の違いや練習方式の違いに戸惑っていた私を助けてくれたのが彼でした。
練習はいつも通りに進んでいるように見えましたが、練習後の日本行きの選手発表の時間が近づくにつれ、主力選手の間には、明らかにいつもとは違う緊張感が漂っているように感じました。アバも少しずつ無口になってきました。私は、口には出しませんでしたが、心の中ではアバが選ばれてくれるように願っていました。そして、ついに最後の練習メニューが終わり、シャワーを浴びた後、選手は皆、寮のロビーに集まりました。
私は、てっきりみんなの前で渡日選手の発表が行われるのかと思いましたが、そうではなく、選手が個別に部屋に呼ばれて、首脳陣から今後の契約の件も含めて説明を受けてロビーに戻って来るという形でした。
ロビーは、張り詰めた空気に包まれていました。部屋から戻って来た選手の中には、願いが叶わず悔し涙を流す選手もいました。日本へ行ける選手はごく少数です。アバも残念ながらそのメンバーに入ることはできませんでした。しかし、彼は涙を流すことはなく、私に言いました。
「HIROIKE、日本へ行っても頑張って。本当に頑張って。幸運を祈ってるよ!」
こんな状況で人のことを気にかけるなんて本当にいい奴です。私達は固く握手を交わしました。その後、ロビーにいた全選手に別れの挨拶をして、握手をしました。考えてみると、ここにいるほとんどの選手とは、今日が一生の別れとなります。私が、ほぼ地球の真裏の日本へ戻ってしまえば、会うことはもちろん連絡することもできません。今日まで毎日のように顔を合わせてきた仲間ともう二度と会うことができない。そう思うととても切なくなりました。
私は、全ての選手が帰るのを見送り、最後に上之さんとロビーを出ました。
「上之さん。自分は恵まれていることが分かりました。願いの叶わなかったみんなの分もこれから頑張ります。」
一連の出来事を目の当たりにした、偽ざる気持ちが口をつきました。
「そうだな浩司。これからが勝負だぞ。」
私達は車に乗り込み、アカデミーを後にしました。
2日間の休養を挟んで、ドミニカでの残された練習日はたったの3日間。キャッチボールを再開してからまだ日が浅いので、どこまで仕上げて日本に戻ることができるのか。非常に重要な意味を持つ3日間です。
その1日目。6割くらいの力でキャッチボールをして、復活への手応えを掴みました。
2日目。2週間ぶりのブルペン入り。立ち投げのみではありましたが、痛みは全くなく、球にキレもあり一安心。
そして、ドミニカ最後の練習日。9月16日の私の日記にはこう記されていました。
[最終日。久しぶりに全力でピッチングをした。不安なし。ストレートの力、変化球のキレ、コントロール。その全てがドミニカに来て最高だった。今までやってきたこと、自分の想い、そして私をここで支え続けてくれた人達の想いが、最後の最後に形になったように思う。間に合った。帰国へ向けて準備は整った。ドミニカとも明日でお別れ。住み慣れた感じさえするサント・ドミンゴの街から離れるのが寂しい。見慣れた青いカリブ海ももう見ることはできない。いろいろあったが、ドミニカはとてもよいところだった。ここで過ごした時間は、一生の財産だ。さあ、日本へ。夢に向かって全力投球だ。]
ドミニカでの滞在も残り数時間。私は、日付が変わっても尚、荷物を整理したり、部屋の掃除をしたりしながら、物思いにふけっていました。まずは、怪我を克服して、いい状態で帰国の日を迎えることができたことに対し大きな安堵感を覚えました。振り返れば、比較的順調だった中盤までと比べて、終盤は体調不良や怪我が重なり苦難の連続でした。しかし、ここでの苦労した経験が、その後の怪我や病気とは無縁の強い体を作り上げたように思います。
ドミニカに来ることができて本当によかったと思っています。何より、投手経験のない私が、多くの実戦登板を経験することができました。30試合、120イニングを投げた経験が、初心者同然の私にとってどれほど大きなものだったか。また、暑い中での走り込みやウエイトトレーニングの成果が出て、2年近く本格的な運動から離れていた為に鈍っていた体をプロのレベルまで引き上げることに成功しました。もし、私がドミニカに来ることなく、プロ入りしていたらどうなっていたでしょうか。恐らく、周りのレベルについていけず萎縮し、周りに追い付く為に無理をして、心にも体にも大きな傷をおって、選手生命を縮めていたことでしょう。ドラフト指名されなかった為に来ることになったドミニカですが、私には、必要不可欠なステージでした。それは、決して遠回りではなく、長く野球を続ける為の最短距離であったように思います。
帰国の日を迎えました。空港まで見送りに来た上之さんは、今まで見たこともないくらい寂しそうな顔をしていました。小柄な体が、いつもよりさらに小さく見えました。普段ならシャキッと伸びている筈の背筋が、今日は心なしか丸まっていました。
「上之さん。本当にありがとうございました。お世話になりました。」
私は、もっともっと色々なことを言いたかったのに、感極まって当たり前のことしか言えませんでした。
「浩司。よく頑張ったな。お前さんの頑張る才能は誰にも負けない。夢は叶う。自信を持っていけばいい。」
上之さんも、いつもとは少し違うゆっくりとした口調で話しました。
「はい。必ずいい報告ができるように頑張ります。あの・・。日本に着いたら必ず電話します。」
「うん。待ってるぞ。」
「ありがとうございました・・。本当に・・。ドミニカで最後まで頑張れたのは上之さんのお陰です。また、必ずお会いしたいです。その時までに、もっと成長しておきます。」
「うん。楽しみにしてるぞ。わしも浩司の成長を見るのが楽しかった。ありがとう。」
私は、上之さんと固く握手をして、飛行機に向かう改札を通り、もう一度振り返って、深々と頭を下げました。この瞬間に今まで堪えてきたものが、一気に溢れそうになりましたが、ぐっと我慢して、笑顔を作って手を振りました。上之さんも笑顔でしたが、確かに目に涙が溜まっているように見えました。私は、振り返って飛行機に向かうボーディングブリッジを歩き始めましたが、ついに涙を堪えることができなくなり、俯きながら飛行機に乗り込みました。
私のドミニカ共和国での生活は、上之さんをはじめとした周りの人達の支えがあったからこそ成り立ちました。野球の技術的な成長、体力面での成長、異国の地での生活により培った精神面での成長、そして、たくさんの人に支えられて生きたことによって生まれた感謝の心。8ヶ月以上に及んだドミニカ共和国での生活は、私に様々なものを与えて、ここに幕を閉じました。経由地ニューヨーク行きの飛行機が、ゲートを離れ離陸する時、心の中で、でも体温の上昇を感じる程の大きな声で、「ありがとう!」と叫びました。
今日は、ここまでにします。長い文章にお付き合い頂きありがとうございました。
入団への道(13)
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 入団への道(13)
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.hiroike.com/mt/mt-tb.cgi/286
広池さんを私はTVや球場でしか知らないのですが、このブログを読むようになって何か広池さんの親戚のようにな、身近な存在に感じるようになりました。
一軍の残り試合は少ないですけどチャンスは絶対にあると思います。
CSシリーズで広池投手の姿が見られるよう頑張ってください。
広池さんこんばんは!
入団への道シリーズはいつも、なんでこんなにいい文章が書けるんだろう?って
不思議に思っちゃうくらい惹きこまれて読んでます。
それは、言葉にしても色あせない程のすばらしい経験があってこそ、広池さんはこの文章が書けるんだろうなぁって思ってます。
いつも、広池さんの思いのこもった文章には泣かされてますが、
今日は広池さんの周りで支えてくれた人々の話にも、ぐっとくるものがありました。
アバさんの話も、なんて素晴らしい人なんだろうって心から素直に思いました。
広池さんの見せてくださる心のこもったプレイは、きっとドミニカのみんなの思いものせてるんだろうなぁとちょびっと考えました。
休養日だというのに、更新ありがとうございます!
入団への道、何度も繰り返し読んでるくらい大好きです!
これからも、広池さんの負担にならない程度に、時間があるときにでも、どうぞよろしくお願いします♪
広池さんお疲れ様です!
これまでドミニカでの出来事をずっと読ませていただき、広池さんはこれまでたくさんの人に支えられ、そして広池さん自身もたくさんの苦難を乗り越えられてこられたことを改めて感じました!
選手の皆さんがいつも口にされている『感謝』の意味は、本当に重いものなんですね!
いい話をしていただきありがとうございました!
日本に戻られてのお話しも楽しみにしています!
また明日からの練習も頑張って下さい!
頑張れ!広池さん!
お疲れ様です。
その情熱をはやく1軍でみれることを願っています。
CS出場に向けて、広池さんの力も必要だと私は思っています。
市民球場も最後ですから、最後に最高の思い出つくりましょうね!
人生に無駄なステージはないのですね。
でもそれも心の持ちようひとつで、与えられた環境で自分が何をすべきか、何をできるかをひとつひとつ大切に考える広池さんだからこそですね。
ドミニカでの体験、みなさんとの出会い、本当によかったですね。
読んでいると鼻の奥がつまります。
こんばんは!
読んでいる我々まで、ドミニカを去るのが名残惜しく感じます。
登場されている方々、どなたにもお会いしたことはありませんが、その人柄は、自分の目の前におられるかのようにすら思えます。
今、ドミニカから来られてカープを助けてくださる方が、何人おられるのかはわかりませんが、言葉なんて何にも通じないのにも関わらず、明るく、親しみを持って接してくれる姿は、ドミニカの地に足を運ばずとも、お国柄の素晴らしさを教えてくれます。
日本への夢が叶わずとも、相手を認めることが出来る心の深さは、普段の気持ちの中が、どれだけ多くの思いやりに溢れているのか計り知れません。
ドミニカでのお話を読んでおりますと、日本にいる彼らドミニカン達が、広池さんがドミニカで感じることの出来た素晴らしさの、ほんの一部でも、日本で感じ取ることが出来ないかと思ってしまいます。
野球人生全体から見れば短くも取れますが、後に「一生の財産」となるドミニカの生活は、まだまだ、広池さんの力になってくれそうな気がいたします。
私はと言いますと、いろんな意味でお世話になっている、ドミニカの方々に、せめてお礼が言えるように、成りたいと思います。
「ジュース」と「ダッシュ」のコラボ?、相乗?効果が、明日にでも発揮されますこと祈っております。
では。
私は巨人ファンなのですが。。。いつも広池さんのブログ興味深く楽しく拝見さしてもらってます。
コメントは初めてです。
広池さんの文章力のおかげでプロ野球選手はどうゆう日常を過ごしているのか?よくわかります。
私は特にこの入団への道シリーズが大好きです。
広池さんの野球への熱い情熱や人間性が伝わってきます。今回のお話で涙が溢れてきました。コメントはちょっと苦手でこんなんですいません。毎日ブログ更新楽しみにしています。
1軍でご活躍する日を楽しみにしています。(巨人戦で登板するのが楽しみです。その時は複雑ですが広池さん応援!!)
その日1日精一杯がんばる広池さんを応援してます^^