入団への道(11)

今日も、ナゴヤ球場でウエスタンリーグの中日戦が行われました。
試合は、1対1の引き分け。連投していたこともあって私の登板はありませんでした。
非常に暑い中でしたが、この名古屋での3連戦は、いずれも接戦で内容の濃いゲームでした。こういった試合を続けることが、チームのそして、選手の力となると思います。
明日からの、由宇での3連戦も、個人的にもチームとしても良い戦いをしたいと思います。
随分久しぶりになってしまいましたが、今日は入団への道の続きをお話しします。前回は、ドミニカに阿南さんがやって来て初めての登板で、会心の投球ができたところまでお伝えしました。
ドミニカに来て、15試合目の登板で、今までで一番の手応えを得ました。一時期の低迷を抜け出して、1つの壁を越えたような気がして、何をしていてもとても明るい気分でした。
しかし、その登板から2日後の5月16日。明るい気分を一変させる悲劇が起きてしまいました。
カープアカデミーの打撃コーチのリナレスさんが、交通事故の為、亡くなりました。リナレスさんは、メジャーリーグでも活躍された偉大な方で、メジャーを退いた後も、母国ドミニカのウインターリーグで50歳を過ぎても現役でプレーしていたという逸話の持ち主で、私が出会った最初の鉄人でした。性格はいたって温厚で、選手からよく慕われていました。
ショックでした。前日まで同じグランドで、同じユニフォームを着ていた人間が、今日、突然いなくなる。考えもしなかったことです。キスケージャという町にあるリナレスさんの自宅へ行き、遺体と対面しました。そこには屈強な鉄人の面影も、控えめで優しさに溢れた笑顔もない変わり果てた姿がありました。私は言葉を失いました。
その後は、リナレスさん宅を離れ、事故現場へ向かいました。リナレスさんの青い車は、道端で真っ二つに裂けていました。聞けば、雨によってスリップした車は、制御を失って道端のヤシの木に激突したとのことです。ドミニカの道路は、雨が降ると非常に滑りやすく危険です。しかも、南国特有のスコールが時期によっては毎日のように降るので、このような事故は後を絶たないと上之さんが教えてくれました。私も、アパートからアカデミーまで、毎日往復2時間近くをかけて車で通っています。これは、人ごとではありません。そう考えると、リナレスさんが亡くなったショックと合わさって、背すじが急に寒くなりました。
無残な姿となってしまったリナレスさんの車を、長い時間見ていることができなくなった私は、手を合わせてその場を離れました。
翌日、リナレスさん宅で葬儀が行われました。開始時間が早まったにも関わらず、2000人以上の人がそこに集まりました。静かな田舎の町では異例の大きな葬儀となり、故人の偉大さを改めてうかがい知ることになりました。
葬儀の間、私はアカデミーの選手と一緒に過ごしましたが、みんなの顔にいつもの笑顔はなく、一様に虚ろな表情を浮かべて口を開く者もいませんでした。
その翌日から、アカデミーでは悲しみを乗り越えて練習を開始する予定でした。監督、コーチ、選手全員が集合してリナレスさん宅へ行ってお祈りをした後、グランドに戻ると、ある選手が口を開きました。
「今日は、練習する気分ではない。」
そう言うと、その選手は寮のほうへ戻ろうとしました。すると他の選手もそれに追随してグランドに背を向けて歩き始めました。監督は慌てて彼らを説得しました。しかし、再三にわたる説得も受け入れられることはなく、結局、その日の練習は中止となりました。
一人グランドに取り残された私は、複雑な思いを抱きながらランニングなどで汗を流しました。
「練習をボイコットしても、リナレスさんは喜ばない。」
私はそう思いました。はじめに口を開いて、ボイコットの方向にみんなを誘導したのは、契約選手。つまりアカデミーから給料を貰っている選手です。悲しみは理解できますが、練習を休むことが誰の為にもならないことに気づくべきです。プロ意識の感じられない行動をとってしまった仲間達に、私は少し失望しました。
深い悲しみを乗り越え、再出発しました。私にできることは、グランドで頑張ること。そして、あえて明るく振舞うこと。そう心に決めました。いつまでも下を向いていても故人は喜ばないと感じたからです。練習をボイコットした選手達も、翌日にはグランドに戻ってきました。6月に入って暑さはますます厳しくなってきましたが、阿南さん、平山さん、そして、上之さんの熱心な指導を受けながら、私は、野球に取り組みました。体力がついてきたと判断した首脳陣は、私の試合での投球回数を増やしていきました。そして、迎えた6月10日。私は、前日に完投を目指すように命じられ、灼熱の太陽の下、マウンドに立ちました。正午プレーボールの練習試合。天気は快晴。試合前に私は、ブルペンで30球程のピッチング練習を行いましたが、それだけでもう全身汗だくでした。
「あ、暑い・・。完投できるかな・・。」
あまりの暑さに少し不安になりました。そうでなくても9回を投げ切るということは、未知の世界です。私は、不安を抱えつつ、投球に備えマウンド上をスパイクでならしました。その時です。私は変なことに気づいてしまいました。
「あれ!?影がない。」
恐ろしい程強い南国の日差しを浴びているにも関わらず、足元には一切自身の影が見当たりません。
「なぜ・・・?あっ!そういうことか!」
疑問は数秒で解決しました。ここドミニカ共和国は、北回帰線の内側です。この時期(6月)の正午、太陽はどの方角に傾くことなく真上から私達を照らします。だから、影はできないのです。太陽が必ず南に傾いたところから照らす日本に生まれ育った私にとっては、これは衝撃的でした。
「これは、暑くて当然だな。」
そう思うのと同時に、僅か数秒で影のない理由を解明した自分を素敵に思いました。
「頭は冴えてるぞ。今日は案外いけるかも。」
予感は当たりました。序盤は、完投しなければいけないという思いがプレッシャーに変わってしまい、体の動きが悪かったのですが、後半、暑さと疲れでフラフラになってから、体を柔らかく使ってキレのある球をコントロール良く投げられるようになりました。
結果は、9回を投げ切って、被安打7、奪三振15、与四球3で無失点。相手打線の非力さに助けられた部分もあったとはいえ、初完投を完封で飾ることができたことは、嬉しかったですし、内容はともかく、投げ切れたことは、大きな自信になり、投手として1つステップアップしたような気分になりました。
その夜は、暑い中完投したことをねぎらって、阿南さんが私の大好きなレストランに連れていってくれました。
「浩司、内容はともかく、今日は暑い中よく頑張った。乾杯!」
阿南さんは、やっぱりあの程度では褒めてくれません。いつか、阿南さんが褒めてくれるような投球をしようと心に誓うと同時に、プロ野球の監督を務めたような人に、「浩司」と親しみを込めて呼ばれ、可愛がってもらっていることに対して、心の底から喜びが湧いて来て、料理はいつも以上に美味しく、何気ない話もいつも以上に楽しく感じ、疲れた体に程よく入ったアルコールと、完封した満足感も手伝って、最高に楽しい夕食になりました。何か、不安なことが一切なくなって、全てがうまくいくような気分になり、私は、帰り際に一人になった隙をついて、満天の星空に向かって吠えました。
「よっしゃあー!もっと頑張るぞー!」
その時見た星空は、それまでに見たどれよりも透き通り、何万光年も離れた星が、自分の手に届くところで瞬いているように感じました。同時に、一度は絶対に届かぬところへ行ってしまったプロ入りという自身の夢が、再び手に届きそうなところで瞬き始めたことを感じずにはいられませんでした。
今日は、この辺にします。近年の日本の真夏はドミニカより暑いように感じますが、頑張っていきましょう。

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コメント(7)

内容も興味深いですが、本当に毎回、読んでいて引き込まれて
しまいます。
広池選手の文章力に、感嘆していますよ。
10年後くらいに、現役を引退されて時間があったなら、
ぜひ本格的に執筆、でなくとも『入団への道』をまとめるとか、
考えていただきたいです。

最近は、どこの球団でもブログを書いている選手はたくさん
いるようですが、これほど知的で機知に富んだ内容は
なかなか見かけませんよね。
これからも楽しみにしています。
もちろん、本業の方も、楽しみにしていますよ!

ゴドルフィン伯爵 : 2008年8月 8日 13:03

広池さん、こんにちは!
今回の記事では、悲しみにも負けずに黙々と努力を続け、プロ野球選手という夢を実現した広池さんの姿を見ることができました。
どんなことがあっても、常にポジティブに考え、行動する広池さんの姿に、ともするとネガティブになりがちな私は心から感心し、尊敬の気持ちを持ちました。
私も広池さんのように、どんあことがあっても前を向いて歩いていける人間になりたいと思います。
それにしても、広池さんの文章力の高さには毎回舌を巻いてしまいます。本当にすごいです。
「プロ野球選手にしておくのはもったいないなあ」なんて勝手なことを思わず考えてしまいます☆

いつもながら楽しく拝見させていただいています。
悲しいときは心が痛み、嬉しいときは晴れやかに、
読み進めていくうちに当時の広池さんの思いに心がシンクロします。

次回も楽しみにしています!

広池さんお疲れ様です!

影が出来ない世界は言われてみれば不思議な感覚ですね!
読んでいるだけで暑さがヒシヒシと伝わってきました!
また事故でコーチが亡くなられたとき、故人が喜ぶことは何かと考えて行動できるのはなかなかできるものではないと思います。
コーチをされていた故人にとっては、選手が練習して野球が上手くなってほしいと願うはずです。
それをすぐに行動に出せた広池さんは素晴らしいと思いました!
今回も読み入るように拝読させていただきました。
あの時の夜空は本当にキレイだったんでしょうね!
文章を読んでそう感じました!
また続きを楽しみにしています!
明日からの3連戦も頑張って下さい!

頑張れ!!広池さん!!

真上から照りつける太陽や透きとおった夜空を素直に感じ
自分をちょっと素敵に思ったりする広池さん。
おもしろい(本当は可愛いといいたいのですが失礼なので…ん、でもおもしろいも失礼か??)です。

リナレスさんのことをはじめ辛いことも多かったと想像しますが、
いつでも前を向いていらっしゃったんですね。
私も結構前向きなほうですが、突進型の前向きなので、
これから広池さんのような前向きだけどちょっと冷静な感じを
学んでいきたいと思います。

おおとんび! : 2008年8月 7日 21:43

こんばんは!
ドミニカでの「影」の無い暑さの中で、野球を教えてくださった方々のご恩に報いる為にも、しっかりとした「影」の出来る日本での暑さには、打ち勝っていかねば成りません。
そして、この「道」を通じて、教わった我々も、その一部だけでも見習わせていただきたいものです。
これまでも、広池さんを導くかのように、さまざまな方々が、まるで出番を待っていたかのように現れました。
先日、1軍戦で、大逆転勝利を収めた次の日の新聞だったでしょうか?、まさに、「人間万事塞翁が馬」である、と。
何気に聞いたことはあっても、はっきりとした意味を知らなかったので、ここぞとばかりに、ググってみました。
まだ、それから時間が経っていないからでしょうか、今回の「道」を読ませていただき、この言葉が浮かびました。
ひとつのきっかけを、自分のものに出来るか否か・・・
なかなか出来ることではありませんが、それを導くのは、自分の「心」なのかもしれません。
明日からも、まだまだ負けられない試合が続きます。
1つ、2つと足元を固めながら、進まれて行くことを願っております。
では。

> 何万光年も離れた星が、自分の手に届くところで瞬いているように感じました。

良い表現ですね。感心しました。
日本で、レギュラーリーグのマウンドで、それを感じてくれることを願っています。
頑張れ!!!

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