随分久しぶりになってしまいましたが、「入団への道」のドミニカ野球留学編の話の続きをさせていただきます。
前回(4月28日更新分)は、ドミニカ共和国での2日目夜、コミュニケーション力の不足から、黒田が食事会場から怒って帰ってしまった事件をきっかけに、私が、ドミニカの公用語であるスペイン語を学ぶ決意をしたところまでお伝えしました。
次の朝、黒田は、私達の心配をよそに、元気よくアカデミーまで向かうマイクロバスに乗り込んで来ました。
「お早うございます!」
その明るい声を聞いて、私は安心しました。恐らく、その場にいた(小林)幹英と遠藤も同じ気持ちだったように思います。
よく考えてみれば、黒田は、私や幹英からすれば1つ年下です。しかし、既に1年間プロとして実績を積んだ者と、そうでない者の間には、大袈裟に言えば格の違いみたいなものが存在していたので、私達の自主トレはやはり黒田を中心に回っていました。従って、黒田が不機嫌だと困るのです。やはり練習は明るい雰囲気の中でやりたいですからね。だからこそ、一夜明けて持ち直した彼を見てみんなホッとしたのです。
ドミニカでの自主トレは順調に進みました。やはり温暖な気候が、投球に好影響を及ぼしているようです。肩や肘の関節が、日本にいるときよりスムースに動くような感じがして、力を入れなくてもいいボールが投げられました。
そんな私を見て、早めの試合での登板を首脳陣に打診してくれた人物がいました。ドミニカのカープアカデミー責任者の上之(うえの)さんです。上之さんは、中学生のときこのドミニカ共和国に家族と共に移り住み、以来、様々な苦労を重ねながらも自らの努力で道を拓いてきた方で、私と出会う数年前には、カープのドミニカ人選手の通訳として日本でも活躍されていました。
「浩司、いい感じだなぁ。早めに試合で投げたいだろ?試合で投げた方が課題も見えてくるしいいと思うぞ。」
上之さんは、ドミニカ滞在当初から親しみを込めて私のことを「浩司」と呼んでくれて、本当に色々と気にかけてくれました。結果的に私は9ヶ月ものドミニカでの修行を完走することができましたが、それは、上之さんの存在があったからこそであり、間違いなく私の恩人の1人です。
ドミニカに来て1週間後の1月16日。私は初めてブルペンに入りました。立投げ(捕手を立たせたままの状態で行うブルペンでの投球練習)で30球。白武スカウトや上之さん、そしてたくさんのドミニカ人選手が見守る中で投球を披露することになりました。
多くの人が注目する中での投球だったので、少し力が入りましたが、非常にいいボールを投げることができました。当時の日記には、投球の際の留意点として毎日のように「柔らかく、大きく!」と記されています。これは、「ボールを柔らかく握り、手首や肘を柔らかく使い、フォローを大きくとる。」ことを指しています。これを常に念頭に置いて、キャッチボールや遠投を重ねてきた成果が出たのです。
評価も上々でした。上之さんは、「今後、アカデミーの選手のいい見本になってやってくれ。」と言い、白武スカウトも「1位(遠藤)と比べても遜色ない。」とまで言ってくれました。私の中で、その日の状態が出来過ぎであったことは分かっていましたが、投手としてこれだけ褒められたのは、子供の頃以来だったので、とても幸せでした。
夜は、ドミニカの自主トレに合流した、野村さんを交えて、私たちの宿泊するホテルから車で40分ほど離れた、首都サント・ドミンゴへ焼肉を食べに行きました。
ドミニカ共和国は、経済的にそれほど豊かな国ではないと思いますが、首都であるサント・ドミンゴの中心部だけは別格です。カジノ付きの高級ホテルや、富裕層の豪邸が立ち並び、数多くのレストランも存在します。また、街路樹が道を覆うほど生い茂り、高いところから、サント・ドミンゴの街を眺めると、まるで森の中に街が存在するかのようです。
その街の一角にある焼肉屋さんで、私は、数年後に2000本安打という偉業を成し遂げることになるスター選手と、席を並べて食事をすることになりました。
黒田と初めて話をしたときも、非常に嬉しかったですが、野村さんとの会話は、また感動的でした。憧れのスター選手と、一緒に食事をして、会話をする。数カ月前では、考えられなかったことが、今、現実となっています。
しかも、野村さんは、上之さんから、私がドミニカに来たいきさつを聞くと、何度も私に対して励ましの言葉をかけてくれました。とても感激をしました。そして、決意を新たにしました。
「入団を勝ち取って、野村さんと同じグランドに立つんだ!」
昼間の初ブルペンと合わせて、私にとっては忘れられない、幸せな1日となりました。
その後も私の自主トレは概ね順調に進みました。ブルペンでの投球数が増えるにつれ、腕に疲れが出てボールが行かなくなる日もありましたが、それも少しずつ改善され、徐々に投手らしくなっていきました。
そして迎えた、1月25日。野村さん、黒田をはじめとする日本人選手が帰国する日になりました。私は、日中のほとんどの時間を見送りの為に空港で過ごしました。明日からの練習は、アカデミーのドミニカ人選手に混じって行うことになり、グランド上では日本人は1人ということになります。それでも、多少の不安はありましたが、寂しさは感じませんでした。なぜなら、同じくその日、日本へ向かう為に空港に来た、当時のカープに在籍したドミニカ人選手である、ペルドモ、ペレス、グスマン、ケサダの4人の前向きな姿を見たからです。彼らも、これから長い間、母国を離れて異国の地で野球をすることになるのですが、驚くほど生き生きとしていて、明るく旅立っていきました。そうです。寂しがっている暇などないのです。私もドミニカ人選手も、夢を掴む為に母国を離れて野球をしているのですから。
みんなの出国を見送ってから、私は、今まで滞在したホテルから、首都・サント・ドミンゴにあるアパートに引越しました。明日からは、生活環境も練習相手も変わります。私のドミニカでの野球留学もこれからが本番です。私は、希望とほんの少しの不安を胸に眠りにつきました。
今日は、ここまでにします。現在はファームに在籍する私ですが、ドミニカでの日々を思い出すと前向きな気持ちになります。今後も、当時のように何があっても前向きに生きていきたいと思います。
入団への道(6)
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交流戦が開幕しわずか2戦ながら、勝てる気がしませんね~。 いったい、何本打てば点が入るのやら・・・? 続きを読む
お疲れ様です…m(_ _)m
久し振りの「入団への道」、またまた感動しながら読ませて頂きました…。
今の広池さんがあるのは、本当にいろんな方との出会いがあったからこそなんですね…。
それも、いい方ばかりで…。
これも、広池さんの人柄の良さの成せる事と実感致しました。
皆さんがいなかったら、私が『広池浩司』という投手に出会う事も無かったかと思うと、私も感謝の気持ちでいっぱいになります…。
この場をお借りして、有難うございます!!と言わせて頂きます。
広池さんは、本当に努力の人ですね…。
私みたいに「どうにかなるやぁ~」人間は見習う事が多すぎます。
今思うと、私には無い何かを持っているから、応援しようと思ったのかも知れません…。
以前、ユニフォームに書いて頂いた『努力』の文字が一層重く感じます…。
広池さんの『努力』を背中に背負い、ますます応援に力を入れたいと思います。
私、今まで広池さんのように『努力』ってした事あるかなぁ~?
すぐに思い浮かばない…次回までの宿題にします(笑)
今月の私の部屋のカレンダーには「一生懸命やっていれば必ず誰か見ていてくれるもんじゃよ」と書いてあります。
それを実感させてくれる、広池さんを、ますます尊敬すると共に、
今後もずっと応援して行こう!!と新たに誓うまっつんでした…。
広池さんお疲れ様です!
久々の『入団への道』ありがとうございます!
またまた読み入ってしまいました!
ドミニカのこと、野村さんや黒田さん、そしてスカウトさんや上之さんのことなど、当時の出来事を詳しく教えてくださり、まるで自分がその場にいたような気持ちになりました!
ありがとうございます!
続きもまた楽しみにしています!
前向きに生きる!
そうです広池さん!
たまには後ろを振り返り自分を見つめ直すのもいいかもしれません!
でも苦難の壁を乗り越えるには前を向いて歩き壁を越えていくしかないですよね!
頑張れ!広池さん!!
浩司さん、ご機嫌いかがですか。
上之さんの真似をして、恐れ多くも殿のことをお名前で呼んでみました。
こたびの「入団への道」も懐かしい選手名がたくさん出てきて、ほのぼのしました。
ペレスと言えば、のむち(野村選手)に愛あるかわいがりを受けていた姿を思い出します。
あれから約10年、やんちゃ坊主だったペレスも大きくなったのでしょうねえ。
さて、アカデミーで育った選手が続々と海を渡り、来日するようになっていた当時、
彼らの形容として飛び交ったのが「陽気なドミニカン」というフレーズでした。
確かにペレスは太陽の子のように天真爛漫でしたが、
ドミニカンというだけで「みな陽気」という決め付けるのはいかがなものか。
いくらお国柄とはいえ、陽気な人もいれば、そうではない人もいるに違いない。
陽気でなくてはいけないのか。陽気でなくともいいじゃないか。そうだ、そうだ。
とまあ、小生、いささか「陽気なドミニカン」という言葉の氾濫に違和感を覚えておりました。
加えて、球団のグッズも現在のように豊富ではなかった時代。
「新グッズが売れれば、少しでもアカデミーの選手のお給料が上がるかもしれない」と考え、
朋輩と折に触れて、ない知恵を出し合っておりました。
そこで思いついたのが「陽気なドミニ缶」と「陰気なドミニ缶」でございました。
結局、缶に何を入れて売り出すかまでは頭が回らず、お蔵入りに。浅はかでした。
ところで、今日付でコズ郎(コズロースキー選手)が一軍登録抹消になりました。
実績も経験もある選手とはいえ、言葉も食事も習慣も違う異国で戦っている身。
来日以来、慣れないニッポンでの暮らしはさぞ大変だったと思います。
ドミニカに留学なさっていた殿でしたら、その心持ちはよくおわかりですよね。
もし大きなアメリカンにお逢いする機会がございましたら、
「大丈夫大丈夫! 心配ご無用!」と声をかけてあげてくださいませ。
東京は夜が更けてから横殴りの雨が降り始めました。
気候不順の折、くれぐれもご自愛くださいね、殿。
待ってました!
苦労した選手にはなにか特別なオーラを感じます(親近感というのかもしれませんが)。
ドミニカでの苦労話、次回からが楽しみです。
それと、
広池さんのスライダー早く見たいです。
待ってます。
今のファームの選手も、オフにはドミニカ武者修行をしてるのですか?してないなら、すればいいのになぁ。
楽しみにしていた「入団への道」更新ありがとうございます☆
ドミニカの街の様子や皆さんでのお食事の様子などが目に浮かぶようです(笑)本当に表現が的確で読んでいて楽しいです(^.^)
さて明日からいよいよ交流戦・・・
心配なことに中継ぎ投手陣が疲れ始めています。
一日も早く広池さんの姿を一軍で見られますように♪
こんばんわ!
「入団への道」も第6話となっておりますが、やはり、人との「つながり」や、「出会い」が大きな柱となっているように思えます。
ドミニカでの話は、まだ始まったばかりではありますが、広池さんの言う、「前向きな気持ちになれます。」という言葉が、伝わってきます。
むしろ、場所はどこであれ、夢に立ち向かっていく「スタンス」や「心構え」を教えてくれているようにさえ聞こえてきます。
やはり、その時の「野球に対する思い」が、とてつもなく大きかったんだろうと思います。
今におきましても、わずかながらでも、前進出来ますよう、お祈りいたします。
では。
黒田選手の不機嫌に戦々恐々とする、広池選手と他の選手の様子が浮かぶようで、不謹慎ながら笑ってしまいましたw
なんというか、微笑ましいw
久しぶりの入団への道、思わずその当時の広池さんの気持ちに同化して、ドキドキしたり、不安になったり、ワクワクしたりしながら読みました。
人との出会いを大切に、いつも感謝を忘れない広池さんの生き方、素敵です。