今日、市民球場内の球団事務所で契約更改交渉を行い、サインをしました。プロ11年目の来季は、チームの大きな力になれるように、気持ちを新たに野球に取り組んでいきたいと思います。
今日は、今後のこのブログのあり方について少し考えました。皆様からのコメントにもあるように、毎日更新をすることを楽しみにしている方々がいることもよく知っています。また、今年1月末の開設以来、決して無理なく毎日更新を続けることができて、それが自らを見つめる有意義な時間となったことも事実です。記事を考えるのは、遠征の際の新幹線の中、試合や練習後のバスの中、肩や肘のアイシング中などが多く、乗り物の中で寝たり、何もせずにぼーっとすることが苦手な私にとっては、ブログ更新の為の作業はもはや欠かせないものとなりました。しかし、これからの時期、シーズン中に比べると極端に乗り物での移動が減り、アイシングをする頻度も減ります。従って、思うように更新の為の時間が取れなくなる日が出てくると考えました。ブログを始めた目的はいろいろありますが、そのうちのひとつが、「空いた時間を野球の為に有効に使うこと」です。時間がない時に無理をして更新するのは本意ではなく、空いた時間に楽しくやるのがモットーです。そして、今は毎
日の更新がとても楽しく、ブログを読んで下さるファンの方々と繋がりが持てることがこの上ない喜びですが、今日の契約更改をひとつの区切りとして、明日からは、ブログを始めた時の考えに立ち返り、空いた時間を使っての更新に切り替えたいと思います。これまで開設から9ヶ月に渡って毎日更新をしてきたので、この先、急に更新がない日があったら皆様にご心配をお掛けすると思い、前もってお伝えすることにしました。もちろん今後も随時更新をしていきますので、これからもこのサイトをよろしくお願い致します。
2008年10月アーカイブ
第2クールが始まりました。時期的には焦る必要はありませんが、フォーム修正の完成度を高めていかねばなりません。
今日からは、練習開始30分くらい前にトレーニング場に入り、軽くシャドーピッチングをして、チェックポイントを体に覚えさせてからグランドに出るようにしました。練習中のキャッチボールをより意味のあるものにする為の判断です。
今日はブルペンに入り、立ち投げを行いました。先日に続いて球を受けてくれた松橋ブルペン捕手は、
「フォームのゆったり感と、実際に来る球のギャップがあってとてもいい感じです。」
と言っていました。確かに、何度かボールがミットを強く押し込む場面があり、目指していることが、何球かは表現できたと感じています。一歩とまでは言えませんが、半歩くらいは前進したと言ってもいいでしょうか。ただ、現段階では、いいフォームで投げられる確率が低いので、これからも練習を重ねて精度を上げていきたいと思います。
ランニングのほうは、私がブルペンに入っている間に、3軍特訓メニューが始まってしまったので、みんなとは一緒にできませんでした。練習後になって、その3軍メニューに志願参加した永川が、あまりのキツさに足が言うことを聞かなくなり、最後は「産まれたての小鹿」のような状態になったという情報が入りました。この目で見て、思い切り笑ってやれなかったのが残念です。しかし、今年、あれだけの成績を残しながらも、この時期にこれだけ体をイジメ抜く姿勢は流石です。プロとして当然という見方もできますが、永川のその姿勢がこの残留キャンプ参加メンバーの刺激となっていることは確かです。
話しは変わりますが、フィリーズの優勝でワールドシリーズが幕を閉じ、今年のメジャーリーグの全日程が終了しました。私達にとって今年1年、やはり最も気になっていたのは、ドジャース黒田の動向でした。怪我による離脱などもあり、本人からすれば満足とは言えない1年目のシーズンなのかも知れませんが、言語、習慣など今までとは様々な部分で異なる環境を乗り越えての戦いぶりは立派だったように思います。特にシーズン終盤、そして、プレーオフに於いては、恐らくチーム内の先発投手の中で最も信頼度が高かったのではないでしょうか。体調などの条件が揃えば、その実力はメジャーでもトップクラスであると思います。もう少し打線に援護して欲しいというのが正直なところですが、オフの間にしっかり体をケアして、来季も頑張って欲しいです。帰国の際の土産話が今から楽しみです。
今日は、ゆったりとした休日を過ごしました。
ただ、フォーム固めの真っ最中である為、夕方にシャドーピッチングを行い、チェックポイントを確認しました。今までは、シャドーピッチングよりも、キャッチボールを重視していました。正直に言えば、さほど練習効果を実感することができなかったからです。しかし最近、鏡の前で体の使い方、タオルの音、指先の走りを丁寧に確認しながら行うことによって、よい感覚とそうではない感覚が分かるようになってきました。何より1人でできること、場所を選ばずタオル(できればグローブも)さえあれば思い立った時にいつでもできる手軽さも嬉しいです。ボールを使わないからこそ、ボールの行方を気にすることなく体の使い方に集中できるという点で、フォーム固めの初期段階にはうってつけの練習方法であると今は思っています。今後も、シャドーピッチングで体の使い方を叩き込んでから、キャッチボールを行うというパターンを繰り返しながら、フォームを完成させていきます。
話しは変わりますが、「入団への道」に代わる新しいシリーズ物に関する問い掛けに対して、多くの方々から貴重なご意見を頂きました。本当にありがとうございました。皆様からのご意見も参考にして、オフの間に企画を考えたいと思います。
明日からの第2クールでは、第1クール以上の成果が得られるようにしたいと思います。
今日は、予定通りフォーム固めを中心にして、ランニングは控えめにしました。ノックを受けて、数多くのキャッチボールをした後は、ウエイトトレーニングを中心に体を鍛えて、いつもよりは早めに練習終了。その後は、時間を掛けて、体のケアを行いました。3日間攻め続けたので、今日は、怪我予防の為に最善を尽くしました。気分的には、今日も攻めたいところでしたが、これから更に練習強度を上げていく為の積極的な判断です。
フォーム固めのほうは、日進月歩という訳にはいきません。始めからすぐに上手くいくとは思っていないので、地道に、そして方向性を変えることなく進んでいきたいと思います。
いつものことですが、今日も私が長時間に渡ってキャッチボールを繰り返していると森笠が、
「まだやってる!投げすぎだって言ってるじゃないですか!」
と言ってきました。彼は、私がキャッチボールをしているといつもそう言います。一緒にノックを受けていて私が、捕球した球を少しでも強く返球しようものなら、
「そんなに強く投げないで軽くいきましょうよ!」
とか、時には、
「今日の球数は50球まで!」
などと勝手に球数制限を課してくることまであります。しかも、こんなことを言い出したのは、最近のことではなく数年前からです。同期入団の私のことがよっぽど気になるのか、それともただチョッカイを出しているだけなのか。まあ、恐らく後者であるとは思いますが・・。
明日は、休日ですがシャドーピッチングだけは行い、明後日からは、更なる限界超えを目指して練習に励みたいと思います。
大野キャンプ3日目。今日も、フォーム固めと下半身強化に努めました。
キャッチボールでは、腕がしっかり振り抜けるイメージが出てきたので、ブルペンに入って久しぶりにマウンドの傾斜の感覚を確かめました。力を入れなくてもボールが行く感覚が出てきました。リリースポイントもだいぶ打者寄りになってきたと思います。ボールを受けてくれた松橋ブルペン捕手には、
「今年のシーズン中より球が来ていますよ。」
と言われました。喜んでいいのか・・。でも、全く力を入れているつもりがないのに、球が行くということは、リリースでボールに力を集約できる正しいフォームで投げられているということです。フォーム修正の方向性は正しいと思うので、これからも今の形を固めることに尽力します。
ランニングメニューは、今日も3軍に合流しました。と言うよりも勝手に参加メンバーに繰り込まれていました。その時点で嫌な予感はしましたが、車に乗せられて連れて行かれた先は、とてつもなく長い坂道と、ご丁寧に長い階段までセットになった思わず目を背けたくなるような場所でした。さすが鬼トレーナー。よくぞこんな場所を見つけ出したものです。ここを私達は、設定されたタイムを切る為に何度も全力で走り抜きました。走った後のことはあまり覚えていません。覚えているのは、ゴールの先にある道路に大の字になって倒れ込んだことと、永川が階段の最後の一段のところで力尽き、指だけゴールしていたことです。今日は、もうこれ以上追い込むことができないくらい追い込みました。明日は、投げるほうを中心にして、走るほうはやや控えめにしようと考えています。
今日は、息子の誕生日。夜は、息子の好きなテレビ番組のヒーローの顔をかたどったケーキを囲んでお祝いしようと思います。
大野キャンプ2日目。昨日得た良い感触を形にする為に今日もキャッチボールを繰り返しました。まだまだ一筋縄には行きませんでしたが、地道にフォームを作り上げていきたいと思います。
ランニングメニューは、今日も3軍に混じってやりました。砂場を使ってのトレーニングでは、最後はフラフラになってしまいましたが、昨日に続いてしっかり追い込むことができました。ただ、一緒に参加した永川は、もっとフラフラで最後は千鳥足。それよりは、私のほうが随分足が動いていたと思うのでよかったです。トレーニング中、苦しくて体が動かなくなった時は、「ここで頑張れば、来年はいいことがある。」と言い聞かせて、体を動かすことにしています。明日も攻めます。
日南キャンプのスタートと同時に、私の大野残留キャンプも始まりました。
私達は、ウォーミングアップの後は、基本的に自主練習なので、自らの課題克服に没頭しました。まずはキャッチボールを、他の選手が15分ほどで切り上げる中、牧野を相手に50分。それでも満足せず、松橋ブルペン捕手を相手に15分。それでもいい感触が得られなかったので、ウエイトトレーニング場の鏡の前でタオルを手に取ってひたすらシャドーピッチング。時々手を止めてチェックポイントを思案しながら、またフォームチェック。すると、次第に指先に掛けたタオルの音が変わってきました。最後には、リリースの時に「バチッ!」と振り抜いたタオルが空気を切り裂き大きなをたてるようになりました。「これだ!」そう感じた私は、確認の為に再度キャッチボール。先程までのキャッチボールよりずっと回転数の多い、キレのある球を投げることができました。今日、取り入れたチェックポイントは、プロ入り10年目で初めてのポイントです。それだけに期待も大きいですが、そう簡単にはいかないことも過去に嫌というほど経験済みです。慎重に段階を踏
んでフォームを完成させていきたいと思います。
大野寮の美味しい昼食(今日はステーキ丼)を挟んで、肩や肩甲骨周辺のトレーニングをした後、河内と共にロードワーク。アップダウンの激しい7キロほどのタフなコースを、ほぼ全力で2人で競り合うようにして走り抜きました。肩の手術をした為に、投げるほうはもう少し時間が掛かりそうな河内ですが、3軍の地獄のトレーニングを毎日こなしているだけあって、体力は充分回復しています。長距離走には絶対の自信を持つ私をここまで苦しめるとは・・。なかなかやります。投げて、走って。今日は、自分に必要な練習を充分にできました。そして、自分が納得するまで、そして体力の限界までやるという攻めの気持ちが大きな収穫を生みました。実り多き秋となるように、これからも攻めの気持ちを持って練習に取り組みます。
今日は、日南キャンプに参加するメンバーは移動日。残留する私達は、休日です。午前中は、自宅でゆっくりした後、午後は、息子が通う幼稚園の10月生まれの子を祝福する為の誕生日会に参加しました。10月27日生まれの息子は、他の数人の子と共に壇上に立ち、名前と生年月日、そして、何歳になったかを全児童と父兄の前で発表しましたが、その際、凄い早口で言ってすぐに次の子にマイクを渡したのでびっくりしました。帰宅してから、その理由を尋ねたところ、
「前の子が、ゆっくり喋っていて待つのが長くて嫌だったから、早く終わって次の子にマイクを渡したかった。」
とのこと。せっかちなのか、思いやりがあるのかは分かりませんでしたが、結構笑えました。
今日は、とてもよい休養になりました。明日から、大野でキャンプメンバーに負けない練習をしたいと思います。
話しは変わりますが、先日完結した「入団への道」に代わるシリーズ物がないかと、最近考えています。私の中では2つほど、これはいけるのではと思う企画がありますが、ここは、ぜひ皆様の声も参考にさせて頂きたいと思いますので、よろしければコメントをお寄せ下さい。よろしくお願い致します。
今日も、順調にメニューを消化しました。これでキャンプ前の秋季練習は終了です。やりたい練習はほぼ100%できました。フォーム固めの進捗度はまだ20%といったところですが、段階を踏んで徹底的に行っているので順調と言うことができると思います。
明日は、移動日で明後日から秋季キャンプが始まります。練習後は、キャンプの荷造りの為、みんなロッカーをせわしなく動き回っていました。そんな光景を見ていると、ミスター秋季キャンプの血が騒ぎ、「やっぱり行きたいなぁー。」なんていう考えが一瞬よぎりましたが、今必要なのは、フォーム固めです。すぐに考えを改めて、明後日からの大野での練習に向け決意を新たにしました。
明後日からは、一部を除いて基本的に練習メニューは各個人に一任されているようですが、走るほうは時々、日本一ハードと噂される、カープ三軍(トレーニング担当・鬼の松原トレーナー、地獄のランニングメニュー参加予定選手・東出、河内、梅津など)に合流して限界に挑戦してみたいと思います。
今日も、順調にメニューを消化しました。
投げるほうは、フォーム固めの段階なのでブルペンに入らずキャッチボールを時間をかけて行っています。ここ最近のキャッチボールのパートナーは、今シーズンの途中で楽天から移籍してきた牧野です。牧野は年齢も近く(私が1つ上)、話しやすい性格なので、お互い投げた球の球筋やフォームを指摘しながら有意義なキャッチボールができます。何より、キャッチボール好きなので、私の長時間に及ぶキャッチボールにも嫌な顔ひとつせず、付き合ってくれます(本当は嫌だったらどうしよう・・)。今日は、途中で私の上体が突っ込むのが早いのを指摘してくれたので、その修正に多くの時間を費やしました。さすがに16年間もプロの世界で生き抜いて、多くの投手を見て、自らも様々な経験をしてきたベテランです。そのアドバイスが的確です。牧野は今、シュートの完全習得を目指している段階なので、私はその球を受けながら、大学まで野手だった経験を生かしてその軌道の良し悪しを伝えるようにしています。私はフォーム固めの為に、牧野はシュートの習得の為に、今
は多くの球数を投げることが必要なので、明日からも、引き続き投げ込んでいきたいと思います。
秋季練習の第2クールが始まりました。
今日のランニングメニューは、第1クールの2日目に続いて坂道ダッシュでした。このメニューは本当にキツイです。前回は、走り終えた後、吐き気を訴える選手も出ました(本人の名誉の為に某中継ぎ投手ということにしておきます)。しかし、裏を返せばそれだけ効果的な練習であるとも言えるので、これからも積極的に取り入れていきたいと思います。
今日、キャンプのメンバーが正式に発表になりました。私は、日南にも由宇にも行かず、ベテランの選手と共に大野練習場で引き続き練習をします。かつては、監督賞を獲得するなど、自分で勝手に「ミスター秋季キャンプ」を名乗っていましたが、今年は一昨年以来2度目の不参加となりました。一昨年は年間通して1軍で投げ続けたので、休養を優先させるということで残留しましたが、今回は、若手を鍛え上げるという意味合いの強い秋季キャンプの年齢制限に引っ掛かったような形になりました。体力面での自信もあり、ベテラン扱いされることはあまり好きではありませんが、今回に限っては、フォームを1から作り直している段階なので、個人の課題克服に没頭できる、「大野キャンプ」は大歓迎です。この貴重な時間を生かして、春にその成果を見せたいと思います。
大野練習場での出来事について多くのコメントをいただきありがとうございました。皆様が真剣に考えて下さったことが嬉しいです。個人的には、大野練習場など、ファンの方々と選手が直接触れ合う場所において、ファン、選手双方が辛い思いをすることがないように、方策を考えていかなければならない時期にきているように感じています。いただいたコメントの中にもありましたが、真のファンサービスとは何かと問われれば、やはり「チームの勝利を見せること。プロらしいプレーを見せること。」であると考えます。今は、それを実現する為の大切な準備期間です。まずは、そこに集中していきたいと思います。
ところで今日は、休養日でした。連日の下半身強化でいい感じの張りが出ているので、休養に専念しました。
投げるほうは、「ソフトタッチキャッチボール」を繰り返している段階なので、肩や肘の負担は全くありません。シーズン中に溜まった疲労も完全に抜けたと判断しています。
以前、下半身強化を図る時は、走る以外にどんなことをするのか?といった内容のご質問を頂いていましたので、お答えします。
カープのトレーニングメニューも、近年多様化しているように思います。もちろん、一番大切なのは走ること。この考えが根幹にあるのは今も昔も変わりません。しかし、走るメニューひとつをとっても、普通のダッシュから、インターバル系(ダッシュして脈拍を上げて、ジョギングで息を整えて、またダッシュの繰り返し)、坂道ダッシュ、ロングラン(長距離走)など種類も豊富で、その狙いも違います。そのほかにも、プライオメトリクスと呼ばれるジャンプ系のトレーニングや、ラダートレーニング(はしごのような形態の器具を地面に置き、それに引っ掛からないように様々なリズムで素早くステップする)、ミニハードルを使ったトレーニング、素早く方向転換をする動作を多く取り入れたコーンエクササイズと呼ばれるトレーニング、そして、特守と呼ばれる守備練習も、守備力向上と同時に下半身強化に狙いがあります。そして、ウエイトトレーニング。この他にもメニューはいろいろありますが、数多くのメニューを上手く組み合わせて、バランス良く強化することがこの時期には必要になってきます。近年は、トレーニングコーチの熱心な指導の下、選手のトレーニングに対する知識や意識は飛躍的に向上しているように思います。しかし、個人的にはやはり走ることを一番重視しています。走ることは全ての基本。単調でキツイ練習ではありますが、そこを疎かにしてしまうと、練習の効果は半減するように思います。
このようにプロ野球選手は、様々なメニューを通して下半身強化を目指しますが、体が発展途上にある中学生くらいまでの人は、あまり難しく考えず、走ったり、たくさんのノックを受けたりすることで鍛えればいいと思います。無理をしたり、間違った形で強度の高いトレーニングをすると、体のバランスを崩したり、怪我をしたりして、順調な成長を妨げることにもなりかねません。私の場合も、子供の頃は、トレーニングの専門的な知識は皆無だったので、ただひたすら走っていました。しかも、それは野球の為と言うよりは、年に1回開催される校内持久走大会で勝つために。負けず嫌いの私は、毎朝、早く登校して校庭で授業が始まるまで走りまくっていました(その姿を後から登校してくるライバル達に見せ付けることでプレッシャーを与えるという意味合いもありました)。今思えば、あの頃の走り込みが、今の私の土台となり、この年齢まで現役であることを可能にしてくれたと考えています。
話しがそれましたが、書いていて走ることの重要性を再認識しました。明日からも、また走ります!
昨日の内容に関して大きな反響があり、驚いています。今日も昨日以上に多くのファンの方々が大野練習場に足を運んで下さいました。とてもありがたいことです。
しかし実は、今日も昨日と同じような出来事がありました。残念です。
練習のほうは、順調です。この3日間、今すべきことは全てできたと思います。明日は、休みなので疲れをとって、明後日からは更に練習の強度を上げていきます。
秋季練習2日目。今日も順調に課題の克服に努めました。
キャッチボールでは、思い切り投げたい気持ちをぐっと抑えて、フォーム作りの為の「ソフトタッチキャッチボール」を繰り返しました。指に掛かった回転の多い、それでいて緩いボールを投げるのは本当に難しいです。下半身から体幹、肩、肘、手首、そして指先と力を正しい順序で伝え、なおかつ体を柔らかく使ってリリースしなければ実現しないからです。キャッチボールの段階では、力を入れて投げたほうが、いい球が行っているように感じるし、コントロールするのも簡単です。しかし、それは勢いに任せ、ごまかして投げているだけなのでピッチングには結び付きません。そこまで理解しているのですから、ここは我慢して地道にこの練習を続けていきます。
今日は土曜日ということもあり、大野練習場にたくさんのファンの方々が足を運んで下さいました。私が、昼食をとる為に練習場から寮のほうへ行くと、そこにいたファンの方々が私にサインをもらう為に並んで下さいました。その時、私は、並ばずに横に現れたベースボールカードをたくさん携えた少年に、「名前は?」と聞かれ、「それは失礼だぞ。」と瞬間的に答えてしまいました。何と大人げない!どうして、「広池だよ。」と普通に答えられなかったのか・・。それが無理でも、どうして失礼だと私が感じてしまったのか、もっと丁寧に説明してあげることはできなかったのか・・。以降、かなり落ち込みました。ここで皆様に懺悔することで少しは気持ちが変わると思って書きました。今日の少年、ごめんなさい。
秋季練習が始まり、静かだった大野練習場が一気に活気づきました。報道の方もたくさん集まり、まさに今日、来季へのスタートが切られたといった雰囲気でした。
私も気持ちを新たに再スタートを切りました。昨日挙げた課題を克服する為にまずは順調にメニューを消化することができました。休みの間に体を動かしていたこともあり、体はしっかり動きました。皆様にお叱りを受けながらも休日を返上しておいて良かったと今は感じています。
久しぶりに顔を合わせたみんなと話しをすると、休みの間に体調を崩したという声を多く聞きました。朝晩の温度差が激しい時期であるということもありますが、やっぱり精神的な要素が影響を及ぼしているのではないかと思います。特に乱れた生活をしている訳でもないのにこうなるのは、最終盤まであの緊張感の中で戦って、シーズン終了と同時に急に緊張感から解放されたことが原因ではないかと思います。ずっと気合いで跳ね返してきた菌たちに、このホッとした隙に侵入を許してしまったのではないかと推測されます。
私の場合も、シーズン中はほとんど体調を崩すことはありません。風邪などをひくのはたいていオフシーズンです。その場合は、「シーズン中じゃなくて良かった。これで来季も元気に戦える。」と前向きに捉えるようにしています。屈強に見えるプロ野球選手も人間です。今は、秋季練習が始まり再びスイッチが入った状態なので大丈夫ですが、今年もこれから危険な時期がやってきます。栄養と睡眠をしっかりとって、できれば体調を崩すことがないように、そして、もし崩してしまっても最小限で食い止められるように心身共に充実した状態でこれからの季節を過ごしたいと思います。
今日は、秋季練習開始を翌日に控え、練習をしたい気持ちを抑えて休養しました。自分としてはこの期間、疲れを癒すことを優先させたつもりです。今まで我慢した分、明日から徹底的に動きたいと思います。
これからの期間の自身の課題は、
(1)指に掛かった、回転数の多い、緩いボールを投げ続けてそのフォームを体に染み込ませる。
(2)下半身強化。
です。(1)は、私の原点とも言える練習方法で、狙いは、左腕を上体の近くを通してリリースポイントまで持って行くこと。そして、肘や手首を柔らかく使うことです。こういった動作が自然にできるようになれば、キレもコントロールも高いレベルで安定させることができます。今季は、一時的にこれができずに苦労しました。二度とそういった事態に陥ることがないように、徹底的に反復練習をしていきます。
(2)に関しては多くの説明はいらないと思います。以前にも何度かお話ししたと思いますが、しっかり走ることができるうちは、技術的な成長は期待できると私は考えています。これには年齢は関係ありません。若くても下半身が弱体化すれば成長は止まります。明日から、走るだけではなくあらゆる手段で下半身強化を図ります。
2日間の完全休養を経て、今日は大野練習場で練習を行いました。
この期間は下半身強化も兼ねて内野ノックをたくさん受けました。そのノック中にふと思い出したことがあります。それは、昨年のオフ、横浜ベイスターズの選手と共に選手会の行事で山口県に行った時に、高校球児から「内野守備が上手くなる練習は?」と質問された、横浜の藤田内野手の言葉でした。藤田選手は、「ゴロを捕球するときは、グラブを下から上に使うことが大事。その為に、腰を低く落として、グラブを地面につけた基本姿勢から、ひたすら壁当て(壁に向かってボールを投げて跳ね返って来たボールを捕球すること)を繰り返した。」と言っていました。この言葉を思い出した私は、ノック中にこれを実行してみました。基本姿勢に入る為に、まずは早くボールの正面に入る。そして、グラブを一度地面につけてボールを待つ。最後は、バウンドに合わせてグラブを上げて捕球。効果てきめん!以降、ミスが減り、イレギュラーバウンドへの対応も上手くなりました。元々好きだったゴロ捕球の練習がまた好きになりました。投手の場合、実際は投げ終わった後すぐに打球が来てしまうので基本姿勢をとる時間はありませんが、どんなことでも上達を感じれば楽しいし、そういった気持ちで取り組むことができた練習は、より効果的なものになると思います。
ゴロを上手く捕球できなくて悩んでいる皆様。是非、この練習方法を試してみて下さい。まずは壁当てから。その動きが体に染み付いたら、今度はノックで。初めは難しいとは思いますが、コツを掴めば劇的に変わるはずです。私が今感じている感覚を是非、皆様にも味わって欲しいです。
そして、野球をやらない皆様。今度、野球を観戦する機会があれば、ゴロを捕球する時の内野手のグラブの動きに注目です。高いバウンドなど一部例外を除けば、いいプレーをするときは必ずグラブを下から上に動かして捕球しているはずです。それは、逆シングルの場合でも同様です。逆に、ミスが出る時は何らかの理由でグラブが上から出ているケースが多いと思います。細かいことですが、こんなことにも注目してみるのも楽しいかも知れません。
前回は、ドミニカ共和国から帰国し、達川監督の方針の下、厳しい練習が行われていたファームの秋季練習に合流したところまでお伝えしました。
9月29日。この日の朝、嬉しいことがありました。食堂でスポーツ新聞を手に取り、広島版のページを開いて見るとそこには、「広池、指名OK」という見出しで私についての記事がありました。内容は、「テスト生としてドミニカに渡り、カープの施設で練習を続けて来た広池をドラフト指名することがルール上問題ないという見解を連盟が示した。」というものでした。球団側がそういった問い合わせを連盟にしていたことがとても嬉しく、ドラフト指名が少し現実味を帯びて来たように感じました。
大いなる希望を抱きながら取り組んだ翌日の由宇球場での練習。ブルペンでの立ち投げの捕手を務めたのはなんと達川監督でした。
「ほれっ!思いっ切りほうってみい。遠慮せんでええからの。」
一瞬、緊張を覚えましたが、思い直して思い切りミット目掛けて投げ込みました。ところが、何球投げても監督は頷くことはなく、いい反応は返ってきませんでした。そしてついに、
「ドミニカで何をやってきたんだ。去年のほうが良かったぞ。」
と言い残し、捕手を交代してメイングランドのほうに行ってしまいました。その時受けたショックは、とてつもなく大きなものでした。その日のそれ以降の練習には全く身が入らず、殆ど言葉を発することもできませんでした。暑い中、体力が尽きるまで練習をしてきたドミニカでの日々が否定されてしまったような気がして、ひどく落ち込みました。
帰りのバスの中、私は、まだ俯いていました。そんな私に声を掛けてくれたのが、今日のブルペンでの出来事の一部始終を見ていた同郷の同級生、小畑捕手でした。
「気にするな。達川さんは、ああいう言い方で激を飛ばす人なんだから。期待の裏返しだと思うよ。」
その言葉にどれだけ救われたことか。私は、自分の心の中を覆っていた深い霧が、すっーと晴れていくのを感じました。
「そうか。そうだよな。監督がテスト生の球を受けに来てくれただけでも凄いこと。それに、最後の厳しい言葉は、俺がどれだけの気概を持っているかを試す為にあえて言ったに違いない。」
そう考えるともはや落ち込む理由などありませんでした。私は、明るさを取り戻し、大野寮に戻って美味しいご飯をたくさん食べて、疲れた体に充分な栄養を補充し、翌日の練習に備えました。
練習は、相変わらず厳しいものでした。走って、走って、また走って。来季、1軍で指揮を執ることが正式に決まった達川監督の方針は徹底されていました。体力には自信を持ってアマチュアでの野球人生を送ってきた私でしたが、今回はさすがに堪えました。疲労が蓄積し、ピッチングのほうにも微妙な狂いが生じ、勢いを失っていきました。
そんな私を見て、練習方法の変更を提案したのが、清川投手コーチでした。清川さんは、私のブルペンでのピッチングを暫く休ませて、ネットに向かってボールを投げたり、内野ノックを受けて、捕ったボールを素手の清川さんが捕れるくらいの力加減で肘や手首を柔らかく使って投げる練習に切り替えました。清川さんは様々な練習方法の引き出しを持っている人です。その熱心な指導の下、私のフォームは徐々に固まってきました。下半身の使い方、腕の軌道。ひとりで考えても分からなかったことを、清川さんはすぐに的確に答えてくれました。やはり、プロで何年も生き抜いてきた人、努力と工夫を重ねてきた人は違います。そして最終的には、私の場合、「回転の多い、山なりのボールを投げられるフォームが理想のフォーム」であるとの結論に達し、清川さんとの合言葉として「迷ったらソフトタッチ」という言葉が生まれました。この言葉は現在でも私の心の中心にあり、ここまでの10年のプロ生活を支え続けてくれた大切な言葉です。
11月に入り、いよいよキャンプが始まりました。ファームの場合、場所は由宇で変わりはないのですが、練習メニューは、当時の日記に「こんなにやって大丈夫なのか?」と記するほど、とてつもないものになっていました。この頃、この時以来、後にも先にも痛くなったことがない膝が痛み出し、普段は、階段を昇るのは不可能、そして、歩くのも辛い状態でしたが、練習中は気合いで痛みを封印して走りまくりました。午前中の永遠に続くインターバル走は、いつの間にか競争となり、アピールの場となりました。
「こらぁ!もっと前に出んか!」
「もっと足を上げて走らんか!」
コーチ陣から容赦なく激が飛びます。いつしか、若手は1日に1回はトップでゴールすることを義務付けられるようになり、それができなければ、以降の練習から外されたり、更なる走り込みを命じられたり、厳しい罰を受けることになってしまいました。まさに、殺伐とした雰囲気の中、極限の疲労の中で死に物狂いでトップを狙う激しい争いは1日に何度も何度も繰り返されました。当然、みんな必死です。ここでのアピールが来春の1軍キャンプへの足掛かりとなるからです。しかし、正直、私はもっと必死でした。プロになることができるなら、足が折れても走り続けるつもりでした。私は、少しでもアピールになるならと、体力の続く限り何度もトップを走り続けました。
「こらぁ!お前ら!テスト生に負けて恥ずかしくないのか!プロで何をやってきたんだ!!」
当然、コーチから選手に向けて厳しい言葉が飛びます。私は、周りの選手から何度も嫌な顔をされました。それも、当然です。ただでさえ、テスト生なんて邪魔な存在。各球団で保有できる選手には限りがあります。心から私の合格を願っている選手なんて、少なくてもここにはいないでしょう。このファームのキャンプに参加している選手で、確固たる地位を築いている人はいません。自分の生活をかけて野球をするこの世界では、周りはみんなライバル。辛いですがそれが現実です。
それでも、私はトップを走り続けました。
「みんな、すまん。でも、仕方ないんだ。今だけは、譲るわけにはいかないんだ。分かってくれ。」
私は、心の中でそう呟きながら走り続けました。若い選手からは、ちょっとした隙に口をついた「疲れた」という私の言葉に対して「それなら、こんなところに来ないで全日空へ帰ればいいじゃないですか。」などと言われ悔しい気持ちになりましたが、立場上、じっと耐えるしか方法はありませんでした。
心身共に辛い日々が続きましたが、ピッチングのほうは、キャンプの中盤を迎えた頃、絶好調になっていました。そして、ドラフトをちょうど1週間後に控えた日の由宇での練習中、私に嬉しいニュースが届きました。
「広池。よう頑張っとるなぁ。ドラフト指名が決まったぞ。でも、キャンプは最後まで頑張っておくんだぞ。」
そう言って下さったのは、備前スカウトでした。この有り難い言葉に、心の中では大絶叫。内臓が実際に動いているのを感じるくらいに喜びに沸き上がっていましたが、周りに選手がいたので、できる限り冷静に、でも繰り返しお礼を言って、練習に戻りました。
それからの1週間は長く感じました。でも、体の奥底から湧き出るエネルギーは半端なものではなく、厳しい練習も難無く乗り越えることができました。
そして、迎えた運命の日。ドラフト会議が始まりました。テレビ中継などはなかったので、私は、大野寮の自室でじっと祈るような気持ちでその時を待ちわびていました。指名は信じて疑っていませんでしたが、やはり何も手につきません。午前中から会議は始まっていましたが、他球団からはノーマークの私は、当然、最後の指名になることは分かっていました。午後1時を過ぎました。指名が決まった時点で、大野寮の吉田寮長のところへスカウトから電話が入ることになっていましたが、まだありません。
1時半を過ぎました。まだ連絡はありません。ドラフトは、蓋を開けてみないと分かりません。昔から、この運命の日の数々のドラマを報道を通じて目の当たりにしてきた私は、少し焦りが出てきました。
「もしかして、上位で思わぬ選手を獲得できたのかな?そうしたら、保有選手枠の問題もあるし、削られるのは俺だ。」
備前さんの言葉は信じていましたが、それでも時間の経過と共に、不安は雪だるま式に増長し、勝手に最悪の事態を想像してしまいました。
2時を過ぎました。いよいよ居ても立ってもいられなくなった私は、部屋を出て、寮のロビーで今度は祈るような気持ちではなく、本当に祈っていました。
「お願いします。私をプロ野球選手にしてください。」
祈りながらも、指名されなかった時の自分を想像すると、そのたびに全身に変な汗をかきました。
そして、不安も頂点に達した2時15分。どちらにしても、状況を確認しようと席を立ったその時、吉田さんが電話のある部屋から飛び出してきました。笑顔です。
「広池!おめでとう!今、スカウトから電話があった。カープが8位で指名した。おめでとう!!」
「本当ですか!ありがとうございます!」
私は、吉田さんと固く握手を交わしました。良かった、本当に良かった。全日空を飛び出し、後戻りできない状況で挑んできた挑戦がついに実を結びました。あまり、考えないようにはしていましたが、やはり不安もありました。私の挑戦を見守り、プロ野球選手になることを認めてくれたカープには、いくら感謝しても足りません。今後、選手として活躍して少しずつでも恩返しをする必要があります。この時までに既に2度に渡り秋季キャンプに参加し、プロのレベルと厳しさを実感していたこともあり、指名の喜びはすぐに今後への強い決意へと変わりました。
「今日、ひとつの大きな夢が叶った。でも、これで終わりじゃない。今日が始まりだ。年齢も年齢だし、1年目から勝負。絶対に1軍で投げるんだ。」
指名決定から少し後、部屋に戻った私のところへ再び吉田さんがやって来て言いました。
「105号室へ移動してくれ。新人の出世部屋だ。俺は、広池に使って欲しい。お前みたいに苦労を重ねてきた人間が活躍することが、夢を与えると思う。頑張ってな!」
例年ならドラフト1位指名の選手に与えられる部屋に私が住むことになりました(東出ゴメン)。光栄なことです。吉田さんもそうですが、私は、この挑戦の間、本当にたくさんの人達に支えられてきました。私が、プロ野球選手になれたのは、そういった方々のお陰です。市民球場での入団テスト受験を決意して以来、様々なことがありましたが、その経験はドラフト指名という実際の成果と同様に私にとって掛け替えのないものです。こういったいきさつを経て入団した私は、誰よりも感謝の気持ちを持ってプレーするプロ野球選手であるべきであると今でも思っています。
ドラフトから約1ヶ月後、広島市内のホテルで入団発表が行われました。そこでついに私は、憧れのカープのユニフォームに袖を通しました。背番号は「68」。球団が保有できる選手の上限が70人であることを考えると、かなり重たい番号ではありましたが、それがかえって闘争心をかき立てました。
「今は、下のほうかも知れないけど、努力して評価を変えていこう。そして、いつかはもっと軽い番号を背負って投げるんだ。」
私は、心の中で固くそう誓いました。
松田耕平オーナーと達川監督を中心に、東出、井生、矢野、森笠、新井、小山田、酒井、そして私の同期8人が手を合わせて写っている写真は今も誇らしげに実家に飾られています。
感謝の心、我慢、体の強さ、前向きに生きることの大切さ。この「入団への道」は私に様々なものを与え、教えてくれました。今年、プロ入り10年目、35歳。何も持っていなかった私がここまでやってこれたのは、この道のりを辿ってきたからこそ。プロ入りを熱望しながらも長い間叶わなかった。しかし、だからこそ経験できた濃密な時間。私は、プロのユニフォームの尊さを知るプロ野球選手となり、10年目を迎えた今も、毎日、感動と喜びに溢れてプレーしています。この気持ちが私を支える原動力。それは、この「入団への道」が与えてくれた掛け替えのない財産です。
「入団への道」完結です。お付き合い頂きありがとうございました。
今日は、休日。息子の運動会を観戦しました。
その成長ぶりに感心するのと同時に、かけっこのスタート前の緊張した面持ちや、ゴールテープ目指して必死に走る姿を見ると胸が熱くなりました。少し前まで赤ちゃんだった息子もいよいよ競争世界の中に足を踏み入れました(ちょっと大袈裟ですが・・)。これからもっと厳しい戦いが待っていると思いますが、どんなことにも最後まで諦めずに一生懸命頑張って欲しいです。
今日は、勝負する息子の姿を初めて見て、それを応援する親の心境が分かりました。「転んだらどうしよう・・。」とか考えているとドキドキですね。自分がマウンドに登って勝負するほうがまだ楽なような気がしました。
今日は、息子に力をもらいました。今度は父親として家族にパワーを与えられるように野球に取り組みたいと思います。
今日は、予定通り大野練習場で練習を行いました。
休日返上は私だけではありません。その中でもやはり目を引くのが、ベテランの緒方さんです。黙々と自分の決めたメニューをこなす姿は、凄みすら感じます。緒方さんがそこにいるだけでその場の空気が引き締まります。まさに背中でチームを引っ張っているといった感じです。こういった先輩の存在が若手に刺激を与えているのは間違いありません。もちろん私にとっても大きな刺激です。あれだけの実績を残してきた人が、これだけのことをやっているのだから、私などはもっとやらないといけない。そう強く感じています。
今日は練習後、トレーナーの人に体の状態をチェックしてもらいました。全体的には良好ですが、「休養も必要ですよ」と言われてしました。練習したい気持ちは強いですが、17日に始まる全体練習でいい練習をする為に、予定通り明日からは休養を優先します。
今日は午前中、予定を変更して大野練習場へ行き練習をしました。
練習したい気持ちを抑えて休むより、短時間でも集中してしっかり汗を流してから、午後の時間を有意義に過ごすほうが精神的にも良いと判断しました。
久しぶりにブルペンにも入り、軽めですが立ち投げを行い、感覚を確かめました。シーズン中にはなかなか試すことのできなかったことも、今の時期なら思い切ってできるのでとても貴重な時間である思っています。
明日も練習に行く予定です。でも心配はいりません。月曜日以降は体を休める時間を多めに取る予定です。あくまでも予定ですが・・。
それでは今日、ご質問頂いた「狭い球場が投手に与える心理的な影響」について少しお答えします。
狭い球場の代名詞として使われていた市民球場。確かに、他の球場に比べてホームランが出やすいような気がします。振り遅れの打球がポール際に入ってしまったり、他球場ならフェンスに当たるような低いライナー性の当たりがそのままスタンドインしてしまったホームランを選手の間では「市民球場ホームラン」と呼んでいました。
投手としては、やはり常にホームランを警戒しながらの投球を強いられることになり、配球面での制約が増えて厳しいと感じることがありました。逆に、広い球場では、ある程度大胆な配球が可能になり投球の幅が広がります。特に試合後半に登板するリリーフ投手にとっては、無駄な四球とホームランは最も避けなければならないことなので、狭い球場の場合、ストライクゾーンの中で投げても良いコースはかなり限定されてきます。
以前、清川さん(現オリックス投手コーチ)が、「市民球場を本拠地としているカープと他球団のチーム防御率を単純に比較することはできない。」と言っていました。同じ条件でやっているので、チームの勝敗には不平等はありませんが、やはり投手にとっては難しい球場であったのは事実であると思います。
しかし、来年からは広い新球場が本拠地となります。カープの投手陣は、今まで市民球場に鍛えてもらいました。打ち取り方は十人十色ですが、それぞれ空振りを奪う球、ファールを打たす球、ゴロを打たす球を身につけて新球場に乗り込みます。市民球場で神経を擦り減らして身につけた技術と、フィールドが広がったことによる精神的余裕、そして配球の多様化によってカープの投手陣は躍進する。そんな予感がします。もちろん私もその一員でありたいと思います。
今日は、休みました。あまり練習しすぎると、ここにコメントして下さる皆様にお叱りを受けそうなので・・。午前中は、針治療でシーズンの疲れをしっかり取って、午後は家族と過ごしました。明日も大野練習場には行かない予定です。ただし、ランニングなどは行うつもりです。
話しは変わりますが、市民球場のブルペン近くに設置されている、津田さんのプレートが新球場に引越することが決まったようですね。随分前にご質問頂いていたのにお答えできず申し訳ありませんでした。設置場所はまだ未定のようですが、できるなら今までのように試合中に触れることができる場所がいいです。
ブルペンで出番を待つ投手は、そのプレッシャーに耐えられず、時には弱気になることもあります。調子が良くない時などは、「今日は投げたくないなぁ。」と思う時すらあります。これは、どんな投手でも同じであるようです。私はそんな時、津田さんのプレートに左手をかざして、不屈の闘志でマウンドに立ち続けた偉大な先輩から勇気をもらい、強気な気持ちを呼び起こしてからマウンドに登るようにしていました。
「弱気は最大の敵」
この精神は、既にカープの投手陣の心の中に受け継がれていますが、本拠地を新球場に移しても形として残されることが決まりとても嬉しく思っています。
ここに、今はしっかり休むべきとコメントを寄せて下さった方々には申し訳ありませんが、練習してしまいました。
私は、この期間、「シーズンの疲れを癒しながらも、今の体力と肩の状態を維持する」ことにしました。もちろん、体をフレッシュな状態にしていくことは大前提。しかし、9日間も続けて休んでしまうと、17日から始まる全体練習でスムーズに技術練習に移行できないと判断しました。このオフは現状維持ではなく、技術的向上を目指したいので17日から体起こしをしている暇はありません。
休暇中のはずの私が大野練習場へ行くと、道原コーチは、
「広池は本当に野球が好きだなぁ。」
と言い、阿部コーチは、
「広池は、練習しないと体調が悪くなるんだよなぁ。」
と笑い、快く一緒に練習することを許してくださいました。お陰で本当にいい練習ができました。体はシーズン中と何ら変わりなく動いています。
明日は、休みます。自覚症状がないとは言え、2月のキャンプからずっと全力で駆け抜けてきたのは事実です。心身ともにリラックスしようと思います。
2005年4月7日の阪神戦。この日の試合は、市民球場でプレーした多くの試合の中でも最も深く心に刻まれています。
この年の私は、開幕から中継ぎの非常に重要な部分を任されていました。開幕シリーズの東京ドームでの巨人戦では、2戦目に6回から3イニングを抑えて、1点差を守ったりして、それなりの役割を果たしながらシーズンをスタートしていました。しかし、実際は技術的な裏付けに乏しく、気合いだけで投げている状態で、精神的には厳しい状態だったように思います。
この日も大事な場面での登板でした。同点で迎えた8回表、1点もやれない場面です。この日も気合いだけは充分。勝利への執念は相当なものでした。この回は危なげなく0点に抑えてベンチに戻ってきました。裏の攻撃では、私のところに打順が回ってきます。代打も考えられる場面です。しかし、首脳陣からは当然のように続投の指令が下りました。これで、完全に闘志に火がつきました。
「信頼されている。何とか自分の力でチームを勝たせたい。」
私は、強くそう思いました。闘志は、打席でもみなぎってきました。相手投手は、左のジェフ・ウイリアムス投手。左打者の私にとっては、非常に難しい相手でしたが、構わず踏み込んで放った打球は、三遊間方向へ高く弾みました。
「よし!!」
私は、全力で1塁へ駆け込みました。内野安打です。ツーアウトでしたが、とにかく塁に出ました。次打者は、福地(現ヤクルト)。その初球、ウイリアムス投手は足を高く上げて、1塁走者の私を全く警戒することなくホームに投じました。まあ、それも当然です。ツーアウトで走者は投手。打者との勝負に徹するのはセオリー通りです。しかし、大学時代まで野手だった私には、走者としての感覚もまだ残っていました。
「これは、行ける。いや、行かなきゃダメだ。」
打者の福地は、現在はリーグを代表するような打者になりましたが、その時は、まだこの好投手から長打を打つのは難しいと感じました。
「このまま1塁にいては点が入る可能性は低い。でも、2塁に行けばシングルヒットでも点が入る可能性が出てくる・・。よし、次、走るぞ。」
そう決断しました。次の1球。私は、投手の足が動くのと同時にスタートを切りました。
「よし!これなら行ける。」
大学時代までの感覚では、完全にセーフになると思っていました。しかし、2塁に近づくと、二塁手が今にもボールを捕球しそうな体勢で待ち構えています。
「ま、まずい!アウトになるぞ!」
その後は覚えていません。気づいたらヘッドスライディングをして必死に手を伸ばしていました。
「セーフ!!」
審判が高らかにコールしました。球場には、ざわめきと歓声が入り交じった声が交錯しています。
「あ、危なかった。」
この時、私はプロの凄さを痛感しました。あれだけいいスタートを切ったのに、2塁ベース上では間一髪のタイミングとなりました。矢野捕手の捕ってから送球するまでの速さ、そして、送球のスピードと正確さ。完全に未体験ゾーンでした。
「やっぱりプロは凄い。これは、ヒットが出たとしてもホームへは還れないかも・・。恐らく、外野手の技術も想像以上なのだろう。」
たった今、今までの野手としての感覚がこの世界では通用しないことを知った私は焦りました。
「でも、この投手から連打は難しい。やっぱり福地にヒットが出たら絶対にホームまで行くぞ。この試合、勝ちたいんだ。」
そう心に決めて、いいスタートを切る為に、全神経を集中しました。
「ツーアウトだし、バットに当たると判断したらスタートだ。」
次の投球はほぼ真ん中のストレート。福地のバットもそれに反応しています。
「これは、当たる。」
しかし、次の瞬間バットは空を切り、ボールはミットに収まりました。私は、大きく飛び出しています。矢野捕手は、2塁ベースに向けて送球する体勢に入っています。
「ええっ!!」
私は、慌てて戻ろうとしましたが、焦りすぎて足を取られて、グランドに俯せに倒れました。しかし、それでも帰塁を諦めずに、手足をばたつかせて土の上を泳ぎ、何とかベースにたどり着きました。捕手からの送球は来ていません。間に合いました。また、球場がざわついています。ホッとして、ベース上で立ち上がりカープのベンチを見ると、みんな大笑いしています。必死過ぎて、自分がどんな動きをしたのかよく覚えていませんが、かなり滑稽だったようです。その回は、結局点は入りませんでした。
9回の表の私のマウンドは、前の回とは打って変わって苦しいものとなりました。気合いは満ち溢れているのに、力が入りません。結局、元同僚のシーツに力のないシュートをスタンドまで運ばれて2点を失ってマウンドを下りました。
「・・・。」
ベンチに戻ると、悔しさに耐えられず、目から涙がこぼれてきました。しかし、まだ試合中です。みんなはまだ戦っています。そんな姿は見せられません。私は、近くにあったタオルを頭から被って顔を隠して、その隙間から戦況を見守りました。
最終回の攻撃。7対9の2点ビハインド。阪神は守護神の久保田投手に代わりました。厳しい展開です。私には、もう祈ることしかできません。
しかし、ここからチームメイトの凄い気迫を目撃することになります。ベンチから、これから打席に向かう野手陣が、もの凄い形相で相手投手の投球練習を見ています。誰一人として諦めていないと感じました。打席に入った打者も、鬼のような形相で、久保田投手のあの剛球に食らいつき、簡単にアウトになりませんでした。私は、そんな姿を見て胸が熱くなりました。
みんなの気迫は、ついに相手を打ち破りました。嶋の同点2ランの後もなお、激しく攻め立てたカープは、浅井さんのヒットでサヨナラ勝ちを収めました。歓喜の輪の中で、また涙が溢れました。
ロッカーに戻ると同点ホームランを打った嶋が私に言いました。
「広池さんのあんな気迫を見せられたら、負ける訳にいきませんよ。みんな同じ気持ちだった筈です。」
私は、チームスポーツとしての野球の素晴らしさを体験しました。みんなで気持ちを一つにすれば、それは想像を超えた大きな力となることを学びました。
翌日、山本浩二監督から全員に監督賞が出ました。監督は、
「あんな凄い試合は初めてだ。広池、お前の気迫がみんなに火をつけたんだぞ。」
と言って下さいました。横にいた安仁屋投手コーチは、
「何だ!?打たれて監督賞か!?」
と笑っていました。後日、この模様がサンデーモーニングで放送されて、立教大学の大先輩である、大沢親分に「喝!」をもらってしまいましたが、私にとっては生涯忘れることのできない試合となりました。
このシーズンは、その後思い通りに投げることができずに終わってしまいました。全てをこの試合で使い果たしてしまったのでしょうか。それは定かではありませんが、長いシーズンを戦い抜く使命があるプロ野球選手としては、心身共に未熟であり、失格です。そういった意味での大先輩からの「喝!」だったように思います。
しかし、悔いはありません。あの1試合は、仲間の尊さ、野球の素晴らしさを知った私にとって掛け替えのない試合です。むしろ、この試合の経験が今日までの糧となり、私を今だに現役でプレーさせてくれているように思います。私はこの試合を今年で役目を終えた市民球場での大切な思い出の1ページとして、いつまでもいつまでも心の中に深く刻んで生きていきたいと思います。
今日から大野練習場で少人数での練習が始まりました。昨日、シーズンを終えたばかりの1軍メンバーはしばらく休み。そして、フェニックスリーグに参加する若手を中心としたメンバーは、昨日、宮崎・日南へ出発。今日からここで練習を行うのは、最終戦を1軍で迎えることができなかった横山、森笠、廣瀬などの中堅からベテランと言われるようになったメンバーです。
ややもすれば目標を失いがちな時期ではありますが、練習には活気があり、今季、それぞれが悔しい思いをした分、来季1年間しっかり働いてやろうという意気込みが伝わってきました。もちろん私も例外ではありません。
今季は、「もっと試合で投げたい。もっと長いイニングを投げたい。」という思いで1年間過ごしてきたので、シーズンを終えた今でも、休みたいという気持ちより練習をしたいという気持ちが勝っています。その気持ちに逆らうことなく、シーズン中にはできなかったハードなメニューを中心に取り組んでいきたいと思います。
と、ここまで書いたところで1軍メンバーと同じようにしばらく休むようにと連絡がありました。どうしましょうか・・。一度しっかり疲れを取ってから再スタートというのがチームの方針のようですが・・。攻めるか、ここは体を一度フレッシュな状態にするべきか。どちらが来季の自分にとってプラスなのか。少し考えたいと思います。
最終戦はテレビを通じて応援していましたが、残念な結果に終わりました。4位という位置は変わりませんが、健闘してきた証として5割をキープして終えたかったというのは、チーム全員の願いだったと思います。今季の全日程を終了しました。皆様はカープの戦いをどのように振り返っておられるのでしょうか。私は、まず、最後までCS出場争いをしたものの残念ながらそれが叶わなったことをとても悔しく思っています。終盤での中日との激しい3位争い。その中で感じたのは、1勝の重みと1プレーの大事さです。最後の遠征で思うように白星を挙げることができなかったカープと、ここにきて連勝をした中日。その差で順位が決してしまいました。しかし、どうしてもこの最終盤での戦いがクローズアップされがちですが、よく考えてみると、開幕からどこで挙げた1勝も同じ1勝であり、敗戦も同様です。長いシーズンを振り返ってみると、やはり勝てる試合を落としたゲームはいくつもあります。そういったゲームを少なくすることが、来季は求められるように思います。
しかし、チームとしての手応えも得た1年でもありました。まずは、4番にどっかり座り続けた栗原の活躍。攻守で才能を開花させた東出。一時的な離脱はあったものの期待以上の投球でチームを引っ張ったルイス。開幕メンバーから外れながらも、気迫で最終回を締めて球団最多セーブ記録を更新した永川。そして、若手先発陣の台頭。彼らの活躍がなければ、緊迫した3位争いを演じることはできなかったように思います。さらに、多少の波はあったものの粘り強く投げつづけた中継ぎ陣。その層が厚くなったことにより、競争が激化。その結果、私の登板数は減りました。チームとしては、それなりの手応えも掴んだ1年でしたが、個人的には非常に悔しいシーズンでした。このまま引き下がる訳にはいきません。長いファームでの生活で一時、自分を見失いそうな時期もありましたが、終盤、あの熱気の中で登板したことにより、だいぶ感覚が戻りました。特に、甲子園で2イニングを投げた時は、久しぶりに相手をよく見て、打ち取る為のツボを意識して投げることができました。これは、大きいです。この感覚を発展させる為に、これからの長い練習期間を使えるからです。もちろん、反省材料もあり、やるべきことはたくさんあります。幸い、今年も怪我がなく、今も元気な状態なので、すぐに来季に向かってスタートが切れます。シーズンが終わった瞬間から来季の戦いは始まっています。まずは、若手に負けない力をつけて、競争に勝ちたいと思います。ベテランと呼ばれる年齢となった私達が、必死になって取り組む姿が刺激となり、さらに高いレベルでの競争ができればいいと思います。
今日は、休養に充てました。明日から、体と頭をフルに使って有意義な練習をしたいと思います。
今日の練習は雨の為、場所を大野練習場に変更して行われました。
場所が変わっても、練習メニューは相変わらず厳しいものでした。ファームに合流してからのこの4日間で、下半身が充実してきました。
明日、本隊はフェニックスリーグに出発しますが、私は広島に残って練習です。これは、自分を見つめ直し、必要な練習を徹底的に行うチャンスであると思っています。この時間を大切にして1軍で活躍するのに必要なものを掴みたいと思います。
横浜で行われたデーゲームでは、私の大学時代の1つ上の先輩である川村丈夫さんが現役最後の登板をしました。先発して打者1人、東出から三振を取ってマウンドを降りました。私は、その模様を練習帰りの車の中でラジオを通して聴いていました。やっぱり寂しいです。大学の大エースだった川村さんは憧れの先輩でした。私が、全日空に勤めている時、出発便も到着便も終了した誰もいない羽田空港の搭乗ゲート付近で、業務終了の作業をしていた私の目に飛び込んできたのは、そこに設置されたテレビに映し出された、アトランタオリンピックで日本代表として躍動する川村さんでした。その姿に触発されたのが、私がプロテストを受けようと考えた最初のきっかけでした。
私にとっては、大きな目標だった川村さんの引退は残念です。そして、せっかくカープ戦だったのですから、やはりその場所に立ち合いたかったです。でも、テレビでセレモニーを観ていると、カープファンの方々もスタンドに残り、川村さんに最後まで声援を送っていました。この姿を見て、私は本当に嬉しかったです。さすがです。こういった温かい心を持った方々に応援されているカープの選手は幸せ者であると思いました。おかげで、その場にいることができなかった悔しさも少し薄れました。
カープファンの方々、ありがとうございました!そして、丈夫さん、本当にお疲れ様でした!
今日も、由宇球場で練習を行いました。
投内連携、クロスカントリー、アメリカンノックなど、今日もキャンプと遜色ないメニューで体をしっかり動かしました。体は多少辛いですが、ここで妥協せずに取り組むことで道は拓けると信じるようにしています。
デーゲームで行われた横浜戦。ご存知の通り残念な結果に終わりました。CS進出の望みが絶たれたことで、私の今シーズンも終了しました(抹消後は10日間は再登録不可の為)。苦しいシーズンでしたが、この経験を生かせるように、明日からも取り組みたいと思います。
とにかく、いいボールを投げられる確率を上げること。その為にできることは何でもします。
ファーム合流2日目。体も少し順応してきました。今日も練習内容はキャンプ並み。午後は、9イニングの紅白戦が行われましたが、私は、登板せず、自らの課題克服に没頭しました。
今回1軍では、緊張感のある戦いの中で、貴重な登板しました。結果的には、4試合、3回1/3(1失点)を投げただけでしたが、課題と共に、手応えを掴んだ部分もありました。
この秋の練習期間は、個人的な課題の克服と手応えをより確かにする為の時間であると思います。伸びる選手はこの時期に大きく成長します。
年齢的にはベテランですが、未熟な部分があるので、レベルアップを信じて練習に励みたいと思います。
今日から、ファームの練習に合流しました。ファームの選手達は、既に来シーズンを睨んで、キャンプさながらの厳しい練習を積んでいました。もちろん私も、フルメニューを消化しました。
ナイターが続いた為に夜型になった体、抹消の精神的なショックもあり、朝起きた時は体が重たかったですが、由宇の澄み切った青空の下、ユニフォームを着てグランドに立つと想像以上によく体が動き、それに伴ってとても積極的な気持ちで練習に励むことができました。今日やるべきことは100%できました。そんな自分に今後に向けての可能性を見いだすことができました。いい再出発です。明日になればもっと体が動くと思うので徐々にペースアップしていきます。
今日、登録抹消になりました。ユニフォームに着替えて部屋を出る直前に通達されたので、ショックはあります。
できれば、最後まで戦いたかった。その気持ちは抑えられません。
みんなには最後まで頑張って欲しいです。私は、今日、広島へ戻ります。